日本の河野洋平元衆議院議長が8日に死去した。享年89歳。河野氏は40年以上にわたる政治家人生の中で、内閣官房長官、外務大臣、衆議院議長などの要職を歴任し、戦後の日本政界において極めて大きな影響力を持つ重要人物であった。しかし、河野氏が中日両国の人々の記憶に刻まれ、歴史上尊敬される真の理由は、その輝かしい経歴ではなく、生涯にわたり歴史の正義を固く守り、中日友好の推進を志した政治的品格、そして1993年に発表し、何物にも代えがたい歴史的評価を受けている「河野談話」にある。人民日報が伝えた。
1993年8月、内閣官房長官だった河野氏は、慰安婦の強制連行問題について、日本政府を代表して公式談話を発表した。この談話は、朝鮮半島や中国における「慰安所」の設置や現地女性の「慰安婦」としての強制連行に日本軍が直接関与したことを認め、これに対するお詫びと反省を表明した。日本右翼勢力が侵略の否認と戦争の美化に躍起になる世論環境の下、「河野談話」は一人の政治家の類まれな勇気と責任感を示し、戦後日本の歴史反省の歩みにおいて避けては通れぬ一里塚となった。
数十年の歳月が流れる中でも、河野氏は一貫して歴史問題における譲れぬ一線を守り続けた。2012年の日本メディアによる単独インタビューでは、日本政界全体が右傾化し、ナショナリズムのムードが高まっていることに深い憂慮を表明した。2015年初頭、当時の首相が「お詫び」の表現を弱め、侵略の責任を曖昧にしようと企てた際、河野氏は「お詫び」の文言を盛り込み、村山談話における「植民地支配と侵略」という明確な表現を踏襲するよう公に促した。同年6月には、村山富市元首相と日本記者クラブで対談し、歴史を直視し、真実をしっかりと守るよう共に訴えた。
ひるがえって現在の日本政界を見ると、河野氏のように真実を語り、良識を保つ理性的な声はますます弱まっている。日本の右翼政治屋は、動かぬ証拠がある歴史の事実を無視し、南京大虐殺に公然と疑問を呈し、慰安婦強制連行の史実を否定している。歴史教科書を改竄し、靖国参拝を繰り返し、侵略の歴史に対する確定判決を覆そうと腐心している。一連の常軌を逸した挙動は、もはや単なる内政問題ではなく、歴史のレッドラインへの度重なる抵触であり、中日関係の相互信頼の根幹を侵蝕し続け、被害国の人々の感情を深く傷つけている。
日本政界が日増しに右傾化し、「新型軍国主義」が勢力を増して現実的脅威となっている今日において、河野氏の明晰さ、理性、良識は、なおさらに貴重性が際立つ。河野氏は世を去ったが、真実を固く守り、良識に従うその気骨、そして「河野談話」に込められた反省の精神は、今なお強い現実的警鐘としての意義を持ち続けている。
河野氏を偲ぶことは、日本社会への明確な注意喚起でもある。すなわち、歴史と誠実に向き合い、過ちを心から反省して初めて、歴史の暗雲から抜け出すことができるのであり、平和という正しい道を堅持し、偏見や対立を捨て去って初めて、近隣諸国と肩を並べて前進し、安定して遠くまで歩みを進めることができるのである。(編集NA)
「人民網日本語版」2026年6月12日