中日の友好関係者である小島康誉氏(84)は今月21日、新疆維吾爾(ウイグル)自治区烏魯木斉(ウルムチ)市で取材に応じ、「インターネットやショート動画が普及した時代である今、ショート動画という発信スタイルを通して、日本ひいては世界の人々に、今の新疆の生き生きとしたリアルな全体像を伝えたい」と話した。中国新聞社が伝えた。
ここ約40年間で、新疆を150回以上訪問してきた小島氏は、「新疆は私の第二の故郷」と語る。

6月21日、自身が執筆した新疆関連の書籍を見せる小島康誉氏(撮影・苟継鵬)。
小島氏と新疆の縁は1982年まで遡ることができる。当時、宝石ビジネスをしていた小島氏は、「新疆には素晴らしい宝石が出る」と聞いて、「宝探し」のために新疆を訪問した。小島氏は「あの時、素晴らしい宝石は見つからなかったが、宝石より貴重な新疆の文化遺産に出会うことができた」と振り返る。
新疆の歴史や文化遺産に夢中になった小島氏はそれから数年、ほぼ毎年1回、新疆を訪問した。1986年、克孜爾(キジル)千仏洞を訪問した小島氏は、「この人類共通の文化遺産に心を打たれ、当時、過酷な環境の中にあっても、全力で保護活動を行っている現場の作業員の姿に心を揺さぶられ、克孜爾千仏洞の保護活動のために10万元を寄付することにした」という。
小島氏が誇りに感じているのは、自身と新疆の尼雅(ニヤ)遺跡で出土した「五星出東方利中国」という漢代の錦織に関するエピソードだという。
1988年から実施された中日共同の尼雅遺跡学術調査の日本側の学術隊長を務めた小島氏は、「ラクダに乗って、タクラマカン砂漠を進み、毎年、必死に探した。最終的に、1995年に世界を驚嘆させる『五星出東方利中国』を発見することができた」と振り返る。

6月21日、新疆博物館で、「中華錦繍——五星出東方利中国『錦護臂国宝展』」を見学する小島康誉氏(撮影・苟継鵬)。
6月21日、「中華錦繍——五星出東方利中国『錦護臂国宝展』」が開催されている新疆博物館を訪問した小島氏は、ホールで当時の調査団の記念写真に写る自分を指さして、子供のように笑っていた。
今回の新疆訪問の目的について、小島氏は、「日本人にしても、世界の人々にしても、新疆のことを断片的にしか知らない人が多い。私が初めて新疆に来てから、これまでの約40年の間に、新疆は激変した。日本や世界の人々にリアルな新疆について語るために、できる限りのことをしたい」と語った。
84歳という高齢であるものの、非常に誠実な新疆の「旧友」である小島氏は、ショート動画を通して、自身と新疆の40年以上の「縁」を記録したいとし、「今回、新疆でたくさんの動画を撮影した。帰国後、1週間に1本のペースで、計100本の動画をアップし、日本、ひいては世界のネットユーザーに、リアルで、生き生きとしていて、勢いよく発展する新疆を紹介したい」とした。
そして、「私は政治家ではなく、普通のおじいちゃん。人と人の間の理解や団結を促進し、みんなが友達になれるよう、自分にできることをしたいと願っている」とした。(編集KN)
「人民網日本語版」2026年6月23日