「新華視点」の記者として、8月31日夕方、西蔵自治区応急管理庁のヘリコプターに乗って、同自治区日喀則(シガツェ)市吉隆(キドン)県吉隆国境検問所があった被害の中心地域に入り、救助活動の様子を取材した。記者は災害現場で夜を過ごし、救助隊員が夜を徹して懸命の捜索活動を続ける様子を目にした。
8月31日午後6時頃、ヘリコプターで被害の中心地域の上空に到達し、降下を開始した。地上は一面、泥や灰色の土砂に覆われ、建物もなければ、道路もなく、全てのものが姿を消していた。吉隆蔵布河と東林蔵布河は依然として谷底で交差し、川辺では救助隊員が懸命に捜索活動を展開していた。

8月31日、日が沈む前に、捜索活動を行う救助隊員(撮影・晋美多吉)。
両足で降り立った瞬間、膝までぬかるみの中に沈んでしまった。足を上げようとするが上げることもできず、さらに力を入れると、踏ん張ったほうの足がさらに沈んだ。このことから泥や土砂が広がる現場での捜索活動がどれほど困難なことであるかを容易に察することができた。そこから数メートル離れた所にいた救助隊員が、ぬかるみの中を歩いて、私たちのほうに来て、設備や物資を一緒に運んでくれた。
ここに吉隆国境検問所があったとは今では想像もつかない。これまで吉隆国境検問所を何度も取材したことがあったが、以前は国境付近に住む人々や観光客、事業者、車などがこの地を往来し、賑わっていた。
しかし現在、そこにあった建物などはほぼ全て姿を消し、跡形もほとんどなくなってしまっていた。国境検問所の給水塔や貯水槽があった場所は、被害の中心地域においては数少ない元の位置が分かる場所だ。

8月31日、テントを設置後、その日初めての「まともな食事」を摂る救助隊員(撮影・晋美多吉)。
被害の中心地域では約20人が捜索活動を展開している。救助服姿で泥の中を懸命に捜索している救助隊員もいれば、川沿いで水の様子や地形をチェックしている救助隊員もいる。また、疾病予防管理隊員は設備を背負って、消毒を行っている。ほとんどの救助隊員のズボンはすでに本来は何色をしていたのか分からないほど汚れていた。
ここ数日、救助隊員は一分一秒を争うように、捜索活動を展開してきた。ここに到着した当初は、何とか生命の兆候を見つけ出し、被災者の命を救おうと捜索活動を展開していた。しかし、時間が経過し、その捜索範囲も拡大し続けていく中で、現場の状況がはっきりしてくると、救助隊員は、「生きている人を見つける可能性はますます低くなっている」という厳しい現実に直面せざるを得なくなっている。
完全に日が暮れて真っ暗になると、雨が降り始め、その雨脚はどんどん強くなっていった。

8月31日、貯水槽の横と上にテントを設置する救助隊員(撮影・晋美多吉)。
9月1日夜中1時過ぎになると、救助隊員たちは寝袋で睡眠をとり始めた。長時間奮闘し一睡もしていない救助隊員たちは、体力回復のための貴重な休息をとっていた。
翌朝7時半頃、テントの外が次第に明るくなり始めた。その時になって上着が完全に濡れていることに気付いた。軽く絞っただけで袖口から水が滴り落ちてきた。
土石流の発生からすでに7日が過ぎた。現場の救助隊員たちはその時間の経過の意味することを理解してはいるものの、懸命な捜索活動を続けている。

9月1日に撮影した道路の復旧作業の現場(ドローンによる撮影・姜帆)。
作業をする重機の音が遠くの谷から聞こえてきた。作業員たちが国境検問所があった場所に向かって、土石流で完全に寸断された道路の復旧作業をしている。中国安能建設集団によると、1日午前5時の時点で、吉隆国境検問所までの救助用の道路は目的地まで残り1キロに達したという。
午前9時55分、現場にいた全員はヘルメットを外し、厳粛な表情で頭を下げ、犠牲者を悼んで黙とうを捧げた。

黙祷を終えると、救助隊員たちは再びヘルメットをかぶり、設備を持ってぬかるみの中に入り、懸命な捜索を続けていた。
ある救助隊員は、「希望がわずかでもある限り、できることは全部して、全力で捜索を続ける」と語っていた。(編集KN)
「人民網日本語版」2026年9月2日