山東省聊城市莘県の谷疃小学校の詩歌の授業が最近、注目を集めている。教材に沿って学ぶのではなく、採点やテストもなく、子供たちが自分の好きな内容の詩を書くという授業スタイルとなっている。人民日報が伝えた。
子供たちが書く詩は、初めの頃は、「春はとても素敵」といった内容が多かったものの、しばらくすると、より味のある内容が増えていったという。例えば、「春なんて好きじゃない。春がおばあちゃんを連れていっちゃったから」と詠む子がいれば、座り込み、土に向かって、「ミミズさん、ミミズさん、あなたの道ってやわらかいの?」と詠む子、さらに、「ちょっとイライラするから、雨を降らせよう」と宣言する子といった具合だ。

谷疃小学校の教室に貼られている児童が書いた詩歌(撮影・張力元)。
これらは人々の心に響くフレーズとなっている。祖母との別れを経験したことで、春はその子にとって二度とうららかな季節ではなくなってしまった。自然を観察したことで、ミミズにも人の心が通うようになっている。理不尽さを味わったことで、雨にも心情が宿るようになっている。私たちの心をときめかせているのは、こうした素朴なフレーズが持つみずみずしい感性なのだ。
AI時代に生きる私たちは、何のために本を読み、文章を書くのか考え直す必要がある。テスト勉強のために徹夜で勉強する人や、仕事のために筆を走らせる人もいる。それらを通して得られる「実益」は確かに重要であるものの、読み書きをライフスタイルの一環とし、そこから喜びや感動を得ることにも、とても価値があると言える。

谷疃小学校の児童が木に書いた詩歌(撮影・張力元)。
効率を求めたり、正解だけ求めたりすることなく、純粋に本を読んだり、何かを書いたりする時間を作ることは、自分と向き合うセレモニーのようなものだ。読み書きの時間を日々の心を養う時間とすると、そこには自然と楽しさが生じるようになる。結果を求めることなく、自分の本音と向き合うことができたなら、その文章には息が吹き込まれ、人間味が感じられるようになるだろう。
一人ひとりの心が豊かになれば、民族の厚みのある豊かな文化的基盤となる。それが、中国がより多くの優秀な文芸作品を提供し、全国民への読書を提唱して「書香社会」を構築することに力を入れている本当の理由だ。「全国民読書促進条例」が今年2月に施行され、「書香社会」構築推進が第15次五カ年計画(2026~30年)の綱要に組み込まれている。制度や計画、読書スペースなどの意義は、文化リテラシーを高めることだけにではなく、一般の人々の精神的な表現を守り、誰もが心を養うことのできる場所を守ることにもある。(編集KN)
「人民網日本語版」2026年9月14日