海外に流出していた宋の時代の陵墓の石像が、ついに中国に返還された。

永昌陵の文官像の頭部。高さ70センチ、重さ223キロ。

永昌陵の西側に立つ「文官石像生」。今回返還されたのは右側の文官像の頭部。撮影・王向東
中国国家文物局はオーストラリア・キャンベラで現地時間10月28日、オーストラリア国立美術館から中国に返還される流出文化財を受領した。返還されたのは、北宋時代の初代皇帝・趙匡胤が埋葬されている永昌陵で発見された文官像の頭部と、北宋の第6代皇帝が埋葬されている永裕陵で発見された武官像の頭部の2点。永昌陵の文官像の頭部と永裕陵の武官像の頭部は、いずれも盗難被害に遭い、流出していた。

永裕陵の武官像の頭部。高さ68センチ、重さ132キロ。

永裕陵の西側に立つ石像生。左から2番目と3番目は武将。今回返還されたのは左から3番目の武将の頭部。撮影・王向陽
河南省鞏義市にある永昌陵と永裕陵は、中国最大規模で、保存状態が比較的良好な北宋時代の皇陵墓石造群。人や動物の石像は「石像生」と呼ばれており、その形はバラエティに富み、彫刻技術も非常に精巧なものだ。この千年の歴史を誇る陵墓はネット上で人気となり、麦畑が収穫期を迎えて黄金色に染まると、畑の中に多くの「石像生」が佇む独特の景観を捉えた画像がソーシャルメディアに次々とアップされる。そして、この「麦畑の見張り番」を一目見たり、撮影したりするために、観光客や写真愛好家が大勢やって来て、北宋の時代の息吹を肌で感じている。(編集KN)
「人民網日本語版」2026年11月2日