冬季五輪において、スノーボードスロープスタイルは見応えある種目の一つと言える。2月6日に行われた同種目の決勝で、最後に登場した中国の蘇翊鳴選手は、「難度の高いトリックに挑戦して高得点を狙う」という前日の約束通り、2回目と3回目のランに大技のバックサイドトリプルコーク1800(縦3回転、横5回転)を決めた。特に、2回目のランで見せたコンビネーションは、「初めての成功」だった。同種目最年少選手の蘇選手は以前、より得意とするビッグエアで、高難度の技を次々決めたことがあり、「バックサイドトリプルコーク1800はビッグエアの技で、今日初めてスロープスタイルで決めることができた」と胸を張った。中国青年報が報じた。
蘇選手が空中でバックサイドトリプルコーク1800を決めて着地も成功させると、アナウンサーは、「五輪のこの種目でバックサイドトリプルコーク1800を初めて決めたのが中国人になるとは思いもしなかった」と驚きの声をあげた。最終的に、蘇選手は銀メダルを獲得し、中国のスノーボードの歴史に新たな1ページを加えた。
蘇選手は、「今まで成功したことのない技に、試合で挑戦することができるのは、普段の練習に自信を抱いていたから。僕とコーチは普段、技の構成やテクニックを数えきれないくらい試してきた。自信が持てたのは佐藤康弘コーチのおかげだ」とした。
試合後の記者会見で、蘇選手は、「佐藤コーチはあそこ」と「話題の人」を指さし、「プロになった時から僕を指導してくれている佐藤コーチには本当に感謝している。僕とコーチはすぐに阿吽の呼吸になった。練習の時でも、試合の時でも、言葉をあれこれ交わさなくても、理解し合うことができ、まさに以心伝心」とした。
蘇選手は取材用のミックスゾーンから出るとすぐに佐藤コーチと抱き合ったものの、ほとんど言葉を交わしていなかった。その点について、蘇選手は、「口に出さなくても、僕が720度の回転しかできない時から、今回五輪の表彰台に立った時まで、目標を達成するためにどれほどの努力をしてきたか、二人とも心の中でよく分かっているから」と語った。
4歳からスキーを始め、14歳の時に、別種目からの選抜で、スノーボードのビッグエアとスロープスタイルの強化指定選手に選ばれ、15歳から国際大会に参加するようになったが、U18の国際大会ではランキング47位だった。しかし、今シーズンのワールドカップに出場してから、歴史を塗り替え続けている。佐藤コーチは、「3年半で世界トップレベルの選手になれたことに驚かされている。今までたくさんの選手を指導し、経験を積んできたが、こんな短い期間で、歴史を塗り替えることができるようになったのは、私たちの努力だけでなく、中国代表として、国の支援とサポートを得られたことも大きい」と説明する。
蘇選手の演技は大きな注目を集め、バックサイドトリプルコーク1800を2回決めたことで、金メダルへの期待も高まった。そのため、最終的に88.70点で銀メダルが決まった時には、多くのネットユーザーから、「なぜ1位じゃないの?」という疑問の声が上がったほどだった。
その点について、蘇選手本人は、「3回目のランで、自分がやりたかった技を完璧に決めることができなかった。最初のキッカーでミスを出したので、2つ目と3つ目のキッカーで足の位置を変え、計画通りに演技することができなかった」と振り返り、「それでもバックサイドトリプルコーク1800に挑戦したかったので、3つ目のキッカーは練習だと思って跳んだ。これをビッグエアの試合の準備の機会としてとらえた」と冷静に分析した。2つ目のキッカーでの得点について、佐藤コーチは、「これは総合的に判断される種目であるため、高得点をたたき出したいなら、必ず全ての技を完璧に決めなければならない。このジャンプの時、ジブセクションで小さなミスを犯したため、点が引かれてしまった。これも試合の一部。審判のジャッジには何の不満もない。翊鳴がこれほどの成績を収めることができ、とても誇りに感じている」と語った。
蘇選手と佐藤コーチのコメントを聞いて、高まりつつあった不満の声も静まり、ネットユーザーの、「これこそ節度ある選手とコーチ」というコメントには数多くの「いいね!」が寄せられている。佐藤コーチはその高い注目度がもたらすプラスの作用として、「中国人にとって、今回のメダル獲得は大きな出来事だったと思う。北京冬季五輪後も、たくさんの青少年が翊鳴の後に続き、スノーボードを始めてくれればと思う。この銀メダルは、中国のウィンタースポーツにさらに多くのチャンスをもたらすだろう」とした。(編集KN)
「人民網日本語版」2022年2月15日